認めたくないですが、あなたが好きですよ


 夜を照らす弧が、鮮血を溜め赤に染まっていた。
闇の中に響くのは、小刻みな呼吸とくぐもった声。微妙にその声色を重ね合わせて、空に消えていく。

「…好き…好きだよ。法介…」
 褐色の腕が、覆い被さっていた纏をすくい上げるようにして肩から背中に回される。乱れた服装を隠していた纏は、一瞬欲望と同じ赤を表面にしたが、再び変わらぬ闇へ沈めていく。
「…。」
 乱れた浅い呼吸を繰り返す法介の口元には、大きく迫り出した犬歯が白くその存在を誇示している。八重歯と呼ぶには、忌まわしい輝きを秘めたそれは、法介が吸血鬼である証だった。
 
「…っうっ…!。」
 深い挿入に大きく声を上げそうになった響也が、堪えきれずに法介の肩に噛みついた。強い力は布越しとはいえ、響也の綺麗な歯形を残しているのだろう。
 己の肩に浮かぶ歯形を思い浮かべると、法介の口元はシニカルに彎曲した。 

 本来ならば、自分が彼に残すものなのだから。

 空腹に獲物を求めて住処を離れた法介は、響也に出会った。
処女の血でなければ満足出来ないなどという我が侭を言っている猶予もなく、彼を誘う。しかし、結果的には響也に、牙を残せなかった。
 随分と長い時間、法介はひとりぼっちだったのが理由で、人懐こい響也との会話は、思ったよりも楽しく牙を立てる気分になれなかったのだ。
 それに、自分には魔眼があると、法介は知っている。
 響也が騒ぎもせずに自分と向き合えるのはこのせいだ。この効力がある限り、法介の誘いを拒むことは、誰にも出来はしない。

 また今度、そう、次がある。焦る事などないさ、王泥喜法介。大丈夫。いつも別れ際にそう思う。
 それと、同時に響也がくれる睦言も、甘い誘いもすべて彼自身のものではないことを思い知る。どんな甘い言葉で法介を求めても、それはだたの傀儡。彼の気持ちは、自分の魔眼で操られている。
 この熱情はすべてがまやかしだ。束縛が解けてしまえば、きっと響也も、他の人間と同じく嫌悪の表情を露わにするに違いない。法介はそう言い聞かせる。
 言い聞かせながら、沸き上がる想いは消せないのだけれど。

 余韻に浸りながら、乱れた服を整える。火照った褐色の肌が、服に隠されていくのを眺めていると、困ったような表情で響也が微笑んだ。

 ずっと見ていられると恥ずかしいよ。

「すみません。暫く逢えなかったから、俺。」
「あ、ごめん。その色々と物騒で、自由に外出させて貰えないんだ。」
「いいんですよ、血を抜き取られた死体なんてものが発見されれば当然です。今夜逢えて嬉しかったですよ。」
「良かった。嫌われたらどうしようかと思った。あの、法介、また、逢ってくれる?」
 躊躇うように落とした瞼に誘われ、法介は甘い唇をぺろりと舐めた。

 認めたくないですが、あなたが好きですよ。

「ええ、また。」
 その証拠に、未だに響也の首筋に吸血痕はないのだから。
 


〜Fin



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